2019年12月16日 月曜日 曇り
欧州在住のSさまへ:
お便りありがとうございました。
日本でのワイン醸造用ブドウ栽培の件:
病害虫:
一番の問題点としてあげられるのは、雨が多く湿度が高いためべと病・灰色かび病・晩腐病・黒痘病をはじめとするカビ(真菌)の病気が多いことだと思います。カビの病気が多いことが、本来ブドウは、「日本の気候に向いてはいないのだろうなあ」と感じさせる最大の要因です。本州と比べると、北海道の夏は明確な梅雨時期がなく、湿度が低めで過ごしやすいといわれています。が、現実には「蝦夷梅雨」といわれるどんより曇って鬱陶しい時期も長いですし、8月9月に雨が非常に多く、少し油断すると「べと病」が短期間に燎原の火のごとく畑全面に広がります。実を冒す「灰色かび病」も必発です(収穫時に丁寧に取り除きます)。北海道では9月中旬になると気温は10度以下となってべと病の心配はなくなります。が、本州のブドウ農家さんの苦労はずっと続くのだろうなと拝察しております。一方、私の畑の周りの土手にはヤマブドウ(非・ヨーロッパ種)が繁茂しており、べと病も多少はみられるものの何という被害もなく元気いっぱい伸び放題です。こんな風に湿度の高い日本の気候に合ったブドウもあるのですから、ワイン用ブドウ(ヨーロッパ種)にも、かび病に負けない優秀な品種の日本での開発に期待したいと思います。現在のところ余り良い品種は得られておりませんが、すこしずつはその方向での試みもなされており、たとえば日本で市販されている「モンドブリエ」という品種がべと病にやや耐性とのことなので、来年はこれの苗を入手して育ててみたいと計画しております。ちなみにシャルドネは最もべと病に弱い品種の一つで、交雑種モンドブリエの親品種です。
畑の問題:
美味しいブドウを作る上で、どんな畑が良い畑か? 農家として一番の重視点は、畑の「水捌け」です。傾斜地にブドウ畑を作るのも、この水捌けを確保するためです。けれど、傾斜地だからといって水捌けがよいとばかりはいえません。本場ボルドーでも暗渠・明渠で水捌け改善を行っているとのことです。私の畑は比較的水捌けが良く、根が深く入り得る良い土質の畑なのですが、畑の一部に水捌けの比較的悪い場所があってその部分に植えたブドウは4年経っても成長が悪くカビの病気が多発します。暗渠・明渠で水捌け改善すればよいのはわかっていますが、そのための経費は莫大な額となります。なので、小さな規模の農家には現実的に不可能です。そこで私が考えているのが、ブドウの台木の選択です。ブドウの苗木は通常、根アブラムシ耐性アメリカ種のブドウ台木に、ワイン醸造用ヨーロッパ種のブドウ穂木を接ぎ木して作成します。この台木には、乾燥に強いもの、湿土壌を好むもの、寒さに強いもの、実の成熟を早めるものなどなど、いろいろな特徴が知られております。日本の苗屋さんでは主に、挿し木発根しやすく穂木の成長の良いテレキ5BBという台木品種が用いられており、私の畑のブドウも主に5BB台木です。しかし、上に述べましたように、私の畑で水捌けの悪いところでのブドウの生育は思わしくありません。その理由として私はこの5BB台木の性質もあるのではないかと考えております。そこで、これから他のいろいろな台木を使ってブドウ接ぎ木苗を作り、私の畑に合った良いものがないか探索してみたいと計画しております。
湿度が高く雨の多い日本の気候では、水捌けの悪い畑でブドウ栽培をするのは非常に困難ですが、もしも良い台木とワイン用ブドウ品種の組み合わせが見つかれば、栽培できる畑の可能性も広がり、また、より高い品質のワインを醸造できるようになると思います。日本は南北に長く山脈が走っているため気候も変化に富み、土質も地域あるいは個々の畑でさまざまですので、どんな台木品種・どんなワイン用ブドウ品種が良いかという点に関しては、これから多くの実験的試みを行い、多くの知見を持ち寄って科学的論理的に考えていくことが、子孫の世代に良いものを伝えていくために必要ではないかと考えております。
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高気温・水不足の問題:
なお、Sさまのご指摘にありました、高気温・水不足の問題は、こと日本でのブドウ栽培に関しては余り問題にはなりません。水のふんだんに得られる日本という地は世界的にも本当に恵まれた地であると感じます。ただし、「都市の水不足」問題は存在します。最近読んだ本の中では、たとえば、富山和子著「水と緑と土」中公新書などが、古い本ですが、勉強になりました。また、農業用水路に関しては先人の多くの努力の結果を受け継いでいます。ここ北海道の空知地区は北海道の溜池発祥の地でもあり、また、すばらしい長大な用水路(https://ja.wikipedia.org/wiki/北海幹線用水路)が設置されています。
また、現在は間氷期で比較的暖かく過ごしやすい気候ですが、私たち人類の長い歴史の将来にとっては、寒冷期が来ることの方が切実深刻な問題です。たとえば、中川毅著「人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」講談社ブルーバックス 2017年 はとても勉強になりました。しっかりした科学だと思いました。いわゆる「地球温暖化」特に「二酸化炭素排出による人為説」は国際政治駆け引きの世界の問題で、科学とは違う世界の問題です。
北海道の6か月続く暗い冬の寒さと積雪量は尋常ではありません。私たちの住んでいる地域がとりわけ豪雪地帯であることもあって、積雪は〜2メートル、屋根が潰れるのを心配して暮らします。たとえば、私の住んでいる築45年の家屋は、この6年で3回、なんと2年に一度の割りで雪害で屋根がひどくやられております。薄っぺらなトタン屋根が大きく削ぎ剥がされて雪解け水が部屋にドボドボと流れ込んできた日、天井の点検口を開けて見あげたときに、屋根のあるべき位置に(2月の北海道には珍しく)雲一つない青空が明るく広がっているのを見た瞬間の絶望感とシュールな感覚を忘れることができません(本州の人に話すとただ笑われるだけですが、当事者には生命の問題です)。雪害による建物修理費用や通常の除雪作業の労力や経費が大きくのしかかり、本当に北国で暮らしていくのは大変です。その意味でも明治の時代にこの地を切り開いた人々、ことに月形や三笠へ送られた囚徒の方々(多くの方が亡くなられています。月形歴史物語 月形町公式ホームページ http://www.town.tsukigata.hokkaido.jp/5543.htm などご参照ください)、屯田兵や開拓民の方々の労働の激しさ厳しさ辛さに思いを馳せてしまいます。一方、今は極端に過疎化が進むこの地域・・これからどういう形で子孫の世代につないでいけばよいのか・・考えあぐねます。それでも、これから少しでも考えを広め深め、行いにつなげていきたいと思っております。
欧州ご在住とのこと、またいろいろとお教え頂けましたら幸いです。寒さ厳しきおり、どうぞご自愛ください。
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